[黒川文雄のゲーム非武装地帯] 第21回: A Change Is Gonna Come

Eye

それぞれが置かれた環境や境遇は異なれど、すべての人に平等なものといえば、「時間」だ。スラムで暮らす少年にとっても、世界中のビリオネアにも時間は平等に訪れ過ぎて行く。そして、生老病死という人類は歴史は繰り返す。今のところは、どんなにお金持ちであっても、時間を巻き戻すことはできないし、不死や不老を得ることはできない。

分岐路の先にあるものは……

前回のコラムでも同じようなテーマで、インディーズゲームシーンにおける分岐路について触れてみたが、インディーズに限らず人生はさまざまの分岐路(もしくは、分岐点)に満ちている。

転職で会社を変わったり、独立起業したりする中で、友だちや恋人との別れや出会いがあるのだ。そして、それは必然というか、なるべくしてそのようになる、ある種のめぐり合わせのようなものを感じる。

私がよく相談を受けるは、転職に関することだ。私が過去にいた音楽業界、映画業界もそうだが、ゲーム業界もやはり同じ業種の中で転職をするケースが多い。

それだけ専門性があるということだが、悪くいえば流動性が悪く、新しい才能や新しい発想が生まれにくいということもいえるだろう。

あれから25年を経て

私が坂口博信氏に会ったのは、今から25年ほど前のことだった。出会いのきっかけはセガの上司であったOさんの紹介で「スクウェア(当時)の坂口さんと飲むから黒ちゃんもいっしょに行こうよ」というものだった。

出会いのその日から、坂口さんにはとてもフレンドリーに接していただき、急速に親交が深まった。

僕自身はアルコールアレルギーのため酒は飲めないのだが、坂口さんとの会はにぎやかなもので、毎回朝方までお付き合いすることもあった。

今のように風営法での規制もなく、モーニングムーンを見上げながら六本木の交差点でタクシーを探したことも今となっては楽しい思い出だ。

その後、スクウェアへの転職の誘いも受けたが、お断りしてしまった。あのとき転職していたら……と思うことはないが、人生にはさまざまな出会い、すれ違い、別れがある。

黒川塾の「塾」って堅いイメージ?

私が「黒川塾」という勉強会を始めたのは2012年。40回目の参加者の方にもいわれたが、「黒川塾という『塾』というイメージがあったので、堅いイメージかと思っていましたが、全然違っていて楽しかったです」という好評価をいただいた。確かに「塾」と名称付けてしまったことで、やや重たいイメージもあるだろう。

ただ、それは参加することで何かを感じてもらったり、考えてもらうきっかけになればと思って付けた名称だ。ゆえに臆することなく、面白そうなテーマがあれば参加してきただいきたいと思う。

40回目の節目のゲスト坂口博信氏

黒川塾40(2016年9月29日開催)のゲストは元スクウェア副社長であり、現在はミストウォーカーCEOの坂口氏だ。

実は、坂口氏には2013年の段階で登壇をお願いしたが、スケジュールの関係もあり実現はかなわなかった。ちょうど、スマホゲーム『Party Wave』をリリースしたころだったと思う。

黒川塾40でも少しこのスマホゲームの話題に触れたが、「スマホゲームの要素や様式的なものをいっさい考えずに開発したので、1日に3ダウンロードしかない日があった」という笑い話も。

『ファイナルファンタジー』の開発にあたっても、ロールプレイングゲームといえば『ドラゴンクエスト』という1980年代後半当時の環境が悔しかったので「ドラクエを超える作品を創りたかった」という。

結果として『ファイナルファンタジーIV』(1991年)、『ファイナルファンタジーV』(1992年)、『ファイナルファンタジーVI』(1994年)と作品を発表するごとに、その世界観、ゲームクオリティなどを高めて行く。

そして、『ファイナルファンタジーVII』(1997年)で300万本超のセールスを達成し、そのブランドを不動のものにした。

その後、映画『ファイナルファンタジー』(2001年)の映画興行の失敗などの責任を取る形で退任をした。その後も活躍も、みなさんはよくご存じのことだろう。

A Change Is Gonna Come

先に挙げたParty Waveの結果は芳しくなかったが、おそらくスマホゲームでも自身の可能性に挑戦してみたという気持ちがあったのだろう。すでに250万ダウンロードを越えた、『テラバトル』の成功はみなさんもご存じのことだろう。

テラバトルの話題を盛り上げたのは、ダウンロードスターターというマーケティング手法だろう。坂口氏曰く「次の作品でもやろうと声をかけても誰も乗って くれないと思うけどね(苦笑)」という。

しかし、これも坂口氏の今までの実績と人とのつながりがもたらした人徳だと思う。誰にでもできることではない。

坂口氏と約90分の黒川塾を終えて真っ先に浮かんだのは、1964年にリリースされたアメリカのソウル歌手サム・クックの『A Change Is Gonna Come』の歌詞。内容はこうだ。

だめかもしれないときもあったが、でも今は続けることができるような気がする。ここまで時間がかかったが、変化のときが来ている気がする

直訳だが、意味は正しいと思う。

※歌詞そのものは人種差別への抗議のオマージュ

坂口氏は来年に向けて作品の発表準備をしているという、環境が大きく変わっても何かを創り続けようという姿勢、そしてそのための貴重な時間を有意義に創作、開発活動に集中しているようだ。

我々に与えられた時間は常に平等だ。そのなかで常に変化し、結果を出し続けることは至難だ。しかし、歩みを止めない限り、常に変化を受け容れ続けることは大切なことだ。