[黒川文雄のゲーム非武装地帯] 第51回: 2017年から2018年~それぞれの元年

エンターテインメント業界で、2017年を象徴する言葉は「元年」だと思う。「元年」とは、ものの本によれば「その年号に改まった、また比喩的に、物事の大きな変わり目の、最初の年」。今年はエンターテインメント業界で、この「元年」がよく取りざたされた。その中でも象徴的な「元年」は「VR(バーチャルリアリティ)元年」、そしてもう1つが「e-Sports元年」ではないだろうか。果たして、それらは本当に「元年」だったのか?

ライフスタイルの提案に活路を見出すエンターテインメント業界

2017年、企業の景気の評価指数の1つとなる日経平均株価が、バブル期と2000年のITバブル期を思わせる2万円台までに回復した。しかし、個人的な実感や実態としての好況感がない。

ビットコインなどの仮想通貨が右肩上がりの高騰を続けているようだが、世間ではいったい何が起こっているのだろうかと思うこともしばしばある。

その一方で、日本を代表する(した)大手の企業の経営が破たんしている実態はどう考えればいいのだろうか。シャープと東芝の経営危機、さらにはエアバッグのタカタの不祥事と倒産は製造業では戦後最大になる可能性もある。

大きな組織、大きな枠組み自体が綻び始めている予兆を感じる。

話をエンターテインメントに転換してみよう。ゲームおよびエンターテインメントはすでに飽和を迎えた。

それはジャンル、遊び方、ゲームそのものの構成など、現時点において新しい発見はないといっていいだろう。ゆえに、エンターテインメント業界としてはライフスタイルを提案する他に活路はないと考える。

その1つはスマートフォンの普及によるゲームの遊び方の変化である。コンセントの抜き差しもいらず、短時間に遊べて、満足度が高い。同時に継続性を意識したゲーム設計が一般に受け入れられた。

2017年3月に販売が開始されたNintendo Switchも同じく、据え置き機とスマートフォン(移動型)のいいとこ取りというコンセプトはライフスタイルの提案に他ならない。

VRも同様に、ゲーム内容が同じでも、プレイヤー自身がゲームの中に没入するという、スタイルを変化させた遊びとして定義される。しかし、そのスタイルを実体験に近いレベルに昇華し、具現化したのは『サマーレッスン』の他に思い当らない。

他にも素晴らしいコンテンツはあるが、「仮想キャラクターの息づかい」が感じられる『サマーレッスン』の体験は異次元のレベルといっていいだろう。

VRは、一般的にBtoBといわれる企業間ビジネス、もしくは企業の販促ツールとしての発展したかたのように見える。一般のコンシューマー展開としては、ソニー・インタラクティブエンタテインメントの発表にあるように、PlayStation VRが世界累計販売実績として200万台販売したという朗報もあるが、それらが元年にふさわしいかどうかはそれぞれのスタンスによるものがあるだろう。

ライブ体験と同一線上にあるe-Sports

一方のe-Sportsは、ゲームを遊ぶ、観るスタイルを新たに提案したものだと思う。音楽でいえばCDなどのメディア(パッケージ)体験ではなく、ライブ体験と同一線上のものになったといえるだろう。

さらに、それらをブーストする意味で賞金制度が整備されること、そしてもう1つは年末近くになって発表されたe-Sports競技団体の統合がある。

オリンピック種目としてe-Sports競技が確実に種目入りの可能性がある中で統合が図られたようだ。こちらも統合への足掛かりとしての元年の果たした役割は大きいかもしれない。

しかし、日本を含む世界の大きな枠組みが徐々にその機能を果たさなくなっている中で、今後の展開はどのようなものになるのだろうか。永遠に右肩上がりで成長を続けてほしいと思うのは一般的な社会生活を送る上では当たり前の感覚かもしれないが、どこかでそれらはピークを迎え、あとは徐々にダウントレンドになることは明らかであり、それは歴史が証明している。

ただ、誰かがそれをやらなければいけないし、続けることで次の何かが生まれてくる。

行く年2017年は、大きな枠組みが変わった、もしくはエンターテインメントのライフスタイルが変わる予兆の元年だったと記憶しておくと、来る年2018年はよい1年になると思う。