【黒川塾36】ジャパンアニメーションのこれからの在り方

6月27日、黒川文雄氏が主宰する「黒川塾(三十六)」が、アニメ制作に造詣の深い有識者をゲストに招いて行われた。

多様化するアニメ市場に変革を求められるジャパンアニメーション

黒川塾36回目となる今回のテーマは、「CG・AI・SNS 多様化する時代のアニメ・ゲームコンテンツの創り方」。

国内外のアニメ市場を知る有識者たちが、それぞれの観点からジャパンアニメーションの展望や課題について語る会となった。

黒川文雄氏。セガエンタープライゼズ(現在のセガ)、デジキューブ、ブシロードなど、さまざまな企業でエンタメに関する流通や広告、企画開発、運営など、多岐にわたって活躍。あらゆるエンタメジャンルに精通したメディアコンテンツ研究家

今回の「黒川塾(三十六)」で登壇したゲストは、以下の3名。

黒川塾(三十六)ゲスト

  • 三宅陽一郎氏:ゲームAI開発者、IGDA日本ゲームAI専門部会チェア、DiGRA JAPAN 理事、芸術科学会理事、人工知能学会会員
  • 平澤直氏:株式会社ウルトラスーパーピクチャーズ所属、アニメプロデューサー
  • 数土直志氏:ジャーナリスト、『アニメ!アニメ!ビズ』編集長

左から黒川文雄氏、三宅陽一郎氏、平澤直氏、数土直志氏

世界の中での日本アニメの立ち位置とは

最初に数土氏は、「アヌシー国際アニメーション映画祭」を紹介し、その中で日本のアニメがどのような扱いなのかを解説した。

アヌシー国際アニメーション映画祭は、フランスのアヌシーで開催される、アニメ専門の国際映画祭。これに「広島国際アニメーションフェスティバル」「オタワ国際アニメーションフェスティバル」「ザグレブ国際アニメーション映画祭」を加えた4大アニメーションフェスティバルの中でも、最大の規模を誇る

アヌシーでは、コンペティションやシンポジウムが行われているが、ヨーロッパの優れた人材を引き抜く場ともなっているという。

ディズニーが最近になってアヌシーに参戦した理由の1つも、そのリクルーティングにあるそうだ。

このようなビッグな映画祭において、日本のアニメが持つ存在感はいかほどなのか。まず国際見本市については、日本からのエントリーは数えるほどしかなく、かなり少ない。

ただそれは、東映アニメーションやNHKなどの大御所はすでに人脈があるためにブースを出す必要がないためで、映画祭自体への参加はしているという。

一方、コンペには多くの作品が出品されている。コンペで賞を取れば、一躍、世界中に広がり、抜群の宣伝効果に繋がるのがその理由だ。

なお、アヌシーのコンペで受賞した日本アニメは、細田守監督の「時をかける少女」や原恵一監督の「カラフル」、杉浦日向子監督の「百日紅」など、かなりの数にのぼる。

このように世界最大級の映画祭においても大きな存在感を持つように思える日本アニメだが、数土氏がいうには、世界で見るとそれほど影響力が強いようには思えないという。

「ジャパンエキスポ」や「アニメエキスポ」を見ると、日本アニメのファンが多いように思えるが、それは日本アニメ専門のイベントだからで、アヌシーや「コミコン」などの世界規模になると、どうしても存在感が薄まると数土氏は語る

ただ、コミコンでも1割程度は日本の作品が占めており、DCコミックスやマーベル・コミックが席巻する中でそれだけのシェアを獲得できるのは、逆に優秀かもしれないと数土氏は述べた。

続いて近日行われる「アニメエキスポ」について、数土氏は3つの気になる点を挙げた。

まず1つは、昨年ユニークユーザーが10万人を超え、さらに巨大化している点。今年は日本からのゲストも多く、さらなる動員増加が見込まれるそうだ。

2点目は、ビジネス面で日本化が進んでいる点。今までは、日本のアニメ会社は現地のライセンサーに権利を売り、そのライセンサーがイベントを運営してきた。

しかし今年は、バンダイナムコグループとアニプレックスとアミューズがノキアシアターを貸し切ってイベントを行うように、日本企業自ら運営に乗り出すことが増えたそうだ。

その理由として数土氏は、海外からの収益が無視できないほど増えたからではないかと推測する。

そして3点目はスポンサーの問題だ。

今回のアニメエキスポ2016のスポンサーは、crunchyrollとhulu、18禁の同人漫画配信会社であるFAKKU!、スクウェア・エニックスに、コスプレの会社であるCOSPLAY Deviantsとなっている。

10年前まではバンダイエンターテインメントやジェネオンなど、パッケージメーカーが並んでいたが、配信会社の力が強くなったため、スポンサーとなる会社も変わってきたという。

このようにアニメを取り巻く環境の変化について、数土氏は「20年に一度の変革期」だと述べた。

日本アニメは、差別化された独自のマーケットだという数土氏。アニメエキスポやジャパンエキスポでは熱烈なファンがいる一方、大衆マーケットはつかめていないと分析する

日本アニメは世界でどのように見られているのか

続いて、海外の人は日本アニメをどのように思っているのか、という日本人が気にしやすい点が話題にのぼった。

アヌシーやジャパンエキスポなど、数々のイベントで認知度が上がってきたと思われる日本アニメ。しかし、数土氏は、一般ではセクシャルやキッズ向けしかないと思っている人もまだまだ多いと話す。

平澤氏も、子ども向けかと思った作品でもいきなり主人公の仲間が死ぬなどのショッキングなシーンがあったため、怖くて見せられないという、海外の意見を紹介した。

また、アニメ人気の傾向として、今までは日本でウケたアニメが海外でもウケると思われてきたが、配信データを見ると、必ずしもそうではないという。

海外の配信業者からのオファーもターゲットとする地域によって異なり、例えば北米だと1990年代にあった『カウボーイビバップ』のようなエッジの効いた作品が求められるそうだ。

このように、ただ人気の作品を輸出するのではなく、地域によってどのような作品が人気があるのかを把握し、そのデータに基づいた作品作りが業界全体に浸透し始めたと平澤氏は述べた。

日本アニメが抱えている海外の脅威

最後に数土氏は、日本アニメの海外展開において、ポジティブな点とネガティブな点の両方をピックアップして解説した。

ポジティブな点として挙げたのは、配信化による人気の向上と、それに伴うライセンス料の値上がり、さらに海外への進出を日本企業側が意識し始めたことなど。

日本国内でのアニメ市場は頭打ちだが、中国がアニメ制作に乗り出したこともあり、以前と比べてライセンス価格も一桁増えているそうだ。

ただ、現在の高価格はいわばバブルのようなもので、じきに価格はおさまってくると数土氏は推測する。

平澤氏も、2000年頃に多くの業者が乱立した北米のビデオパッケージ市場と同じだとし、今のライセンス価格は必ず下がることになると断言。それにどう対処するかが問題だと述べた。

数土氏はさらにネガティブな要因として、日本のアニメスタイルが海外でも制作可能になっている点を紹介した。

一昔前の海外アニメといえば、ディズニーやマーベルといった、いわゆるアクの強い絵柄が主流だったが、日本のアニメと見間違えるほどの作品も登場してきているという。

数土氏が日本アニメスタイルの海外アニメとして紹介した、アメリカのCGアニメ「RWBY(ルビー)」。日本の模倣ではなく、オリジナル性を持ったハイクオリティなストーリーとキャラクターについて数土氏は絶賛するとともに、日本アニメスタイルは数年後には海外でも作られるようになるかもしれないと、危機感ものぞかせた

平澤氏も、今や世界で広がった「柔道」を例にとり、日本独自のものが国際化される中で、必ず通るべき道であるとし、そのときにルールなどを勝手に変更されないようにするべきだと、持論を述べた。

また、大きな脅威として、現在の配信がほぼ外資ににぎられている点と中国の台頭を挙げた。

App Storeのようにプラットフォームを独占されると、外資にすべてをコントロールされる事態になる。そうならないよう、今のうちに独自インフラを作るべきであると、平澤氏も警鐘を鳴らした。

中国は現在、制作や配給のノウハウを学んでいる段階であり、いつかは追い抜かれると数土氏は予測する。

平澤氏もそれをふまえたうえで、中国がノウハウを手に入れてからどうのように付き合っていくかを話す段階にきていると述べた。

アニメ世界におけるAIの歴史

続いて、三宅氏によるアニメで扱われるAIの歴史が語られた。

三宅氏が、アニメでのAIを大まかに分類したもの。最近の流行りは、左上にある「電脳空間のAIたち」だそうだ

AIが持つ能力をマッピングしたもの。「電脳空間のAIたち」は、会話、協調、推論の能力を持ち、より人間に近い存在に描かれることが多い

また三宅氏は、現在におけるAIの創作活動について、人間の領域に少し足を踏み入れている段階だと話す。

AIは絵画といった無形のものを生み出すことに弱く、オリジナルを制作するのは現時点では難しいそうだ

ただ、AIは人間以上のスピードで学習することができるので、作品の方向性について指示を出すことで、2次創作を生み出せる可能性はあるという。

これからのアニメはスマホゲームに活路がある!?

最後に登壇した平澤氏は、現在をアニメ産業が20年に一度迎える地殻変動の年であるとし、アニメを制作する側として、これから意識すべきことを語った。

今から20年前に起こった変化として、平澤氏は『新世紀エヴァンゲリオン』と「デジタルアニメ」を挙げた。この2つは、アニメの作り方や販促、視聴方法など、アニメを取り巻くほぼすべてに大きな影響を与えたという

デジタルアニメ化や制作委員会方式により、高品質化が進んだが、同時に制作費の高騰を生み、安易に続編が出せなくなるといった弊害も発生した。

現在、先細りとなっているアニメBD市場。その一方で、収益の柱として平澤氏が注目しているのがオンラインゲームだ。

平澤氏が所属するウルトラスーパーピクチャーズは、スマホゲーム『モンスターストライク』のアニメを制作している。

その『モンスト』単体の売り上げだけで、BD市場の数倍の規模となる。オンラインゲームには、アニメ市場の活路を見いだすだけの可能性があると、平澤氏は感じているそうだ。

ゲーム以外の新たな市場として、配信とミュージカルなどのライブ市場も、増加傾向にある

平澤氏は、『グランブルファンタジー』や『チェインクロニクル』といった、オリジナルのIPだけで多大な収益を得ているタイトルに特に注目。

それらの売り上げに貢献するような、アニメ制作が重要ではないかと述べた。

人気アニメを題材にしているからといって、そのスマホゲームが必ずしも人気になるとは限らない。どのようなタイトルをどうアニメ化するかは、現在も試行錯誤を続けているそうだ

アニメ業界とアニメ会社の未来への展望

平澤氏は、これからの展望として、オンライン配信とオンラインゲームを題材にしたアニメ、さらにミュージカルやライブといったオフライン興行が、主な収益源になると話す。

また、従来の方法では続編を作られる頃にはすでに飽きられていることもあり、よりスピード感のある再生産性の高い制作体制が必要だと強調した。

従来のやり方では、人気がでてからゲームや劇場版といったスピンオフ作品が作られていた。この方法ではユーザーの消費スピードに間に合わず、続編が出たころにはすでに他の作品に興味が移っていることも

人気があるうちに複数のスピンオフ作品を公開していくことで、ユーザーの興味を繋ぎとめることが可能に

それでは再生産性の高い作品とは、どのようなものなのか。平澤氏は作品を構成する「テーマ」「世界観」「ストーリー」「キャラクター」に加え、「ドラマ生産指向ルール」が必要だと話す。

ドラマ生産指向ルールは、作品を生産するうえでの指針となるルールを示す。例えば『ドカベン』や『タッチ』は、「野球」と「甲子園」というドラマ生産指向ルールを持つ。

ドラマ生産指向ルールがどのようなものかで、再生産性に大きく関わるという。

平澤氏が特に再生産性が高い作品として挙げたのは、「聖杯戦争」というドラマ生産指向ルールを持つ『Fate』シリーズだ。

聖杯戦争と名付ければ、場所、時代、キャラクターを選ばず再生産できる、多くの可能性を秘めた作品となっている。

実際にスマホゲームの『Fate/Grand Order』を始め、多数のメディア展開が行われ、そのほとんどで成功を収めている。

そのノウハウを、これからのアニメ制作に生かすべきなのだろう。

海外進出やスマホゲーム市場への活路など、大きな変革を迎えようとしている日本アニメ市場。

果たして、その改革を正しく成し遂げ、世界で戦える産業へと生まれ変われるのか。20年に一度の変革期を迎えたアニメ業界から、今後も目が離せない。